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院長ノート

2013.01.06

杉浦医院 杉浦裕先生から私へ

今年も八事坂を駆け回ります。

新年にあたり杉浦先生との思い出を振り返ってみました。 私と前院長杉浦裕先生との出会いは、3年半前になります。その年の夏にたった一度嘔吐したことをきっかけに、検査を受けたところ胃癌が見つかりました。すぐに手術となりましたが、開腹した時にはすでに後腹膜に播種を認めるステージ4の末期状態でした。手術するに当たり、以前から杉浦先生が行っていたボランティア活動の一つ、笹島診療所・・・野宿者の医療相談を、回復するまでの間ピンチヒッターとしてやって欲しいという依頼がありました。私自身が元々野宿者や日雇労働者の支援を学生時代にやっていたので、私に依頼があったのも自然なことでした。手術後、胃癌の末期であることがわかり笹島診療所のボランティアだけでなく杉浦医院の診療もいつまでやれるかわからないということで、杉浦医院の継承の話が出たのがその年の12月でした。そして、この時が杉浦裕先生との初めての対面でした。私は医学部を卒業して最初の2年間は、ホスピスで有名な淀川キリスト教病院で臨床研修医として内科・外科・小児科・形成外科・緩和ケアなど幅広く研修させていただきましたが、その後は消化器一般外科で手術ばかりをしてきました。たった1度の面談で「俺が居なくなったら、ここを頼むな」とあっさり頼まれてしまいました。平成22年の4月から杉浦先生との二人三脚の診療が始まりました。その年の1年は、抗癌剤の治療を続けながらですが、まだまだ杉浦先生中心の外来でした。時折、急性胃腸炎などの患者さんから吐き気がつらいです、などと言われた後には「俺の吐き気の方が辛いよ」と言っていた頃が懐かしく思います。平成23年1月に院長を私と交代しました。それまでの8ヶ月間で、少しづつ杉浦医院に通う患者さんを診させて頂き、引き継ぎが行われていたので、院長となっても戸惑うことなくやることができました。本人の精神力なのか、抗癌剤の効果なのか、予命半年くらいと考えられていましたし、実際患者さんへも「半年くらいしか持ちませんという」お手紙を書いておりましたが、癌と共存しながら2年以上も頑張ってこられました。しかし、残念ながら奇跡は起こらず少しづつ進行していく癌のために、杉浦先生の外来の担当日数を減らしていくことになりました。杉浦先生のモットーに「生涯現役」という言葉を掲げていましたが、まさにその言葉を実践するがごとく、亡くなる2ヶ月前まで外来で診療をして頂きました。その頃のカルテをみると、力ない筆圧にもかかわらず、何とか診療を続けようとしていた様子が、文字に現れています。そして、在宅医療と在宅の看取りを進めてきた杉浦先生を、平成24年4月自宅で看取らせて頂きました。亡くなるまで、自分の身を持って私に多くの事を教えてくださりました。杉浦先生亡き後は、独り立ちし、八事の町の健康を守るべく頑張らさせていただいています。今日も、杉浦先生ゆずりの電動自転車で八事の坂を走り回っております。 今年もよろしくお願いいたします。

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